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海の側に住みたい
らゆる生命は海から誕生したわけで、それなら海へ帰ろうとする事は道理である。

それに自分は東京で生まれほとんど都会で過ごしていたため田舎暮らしというのにあこがれる。

ということで一日中海の見える場所でボーっとしていたい。海の側に住みたい。というわけである。
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ギター
20050729232705
買った。
変わらないこと変わったこと
校時代の友などに会うと「お前は何も変わってないな。」とか言われるんだけど。俺に言わせるとみんな変わりすぎである。高校時代に組んでいたバンドの仲間はもうみんな音楽をやめちまっているし、なんだか高校時代の話をすると「楽しかったな。」とまるで過去のものを見るような目である。

やめろやめろ。多分お前の過去は俺の今だから。俺が遅れてんのかもしれないけど別にそれでもかまわないよ。

Blanky Jet Cityの「水色」って言う曲に

「いつの日にかみんなどこかに消えてしまう気がする。」

という歌詞があるけどそれはこんなときに出てくる言葉なのかなと思ったりした。
星に願いを
京の空は明るくて晴れていても星が見えずらい。星に願いをなんて言ったって肝心の星が少ししか見えない。

でもほら、やっぱりみんな明るく輝く星に向かって願い事を言うから、見ずらくてもあんまり関係ないのかもしれない。

今日も人々は星に願い、その重さで星がひとつ、落ちる。

「あっ。流れ星!」

空を見上げていた男の子が叫んだ。

「願い事しましょう!」

母親はそういって男の子に笑いかけた。男の子は目をつぶって願い事を口の中で繰り返した。

星はまたひとつ、重たくなって、消えた。
怒髪天
々にムカつく、といってもちょいムカつくじゃなくて題名どうり怒髪天を突くような出来事がバイトであった。

詳しいことを言うとなんだか嫌なのでこの程度に留めておきます。

家に帰って姉貴の赤ちゃんを抱いて歌を歌った。少しは気が晴れた。
曲は自分で作った曲「青空」。

生きてりゃきっといいことあるさ。
バイト
近バイトばかりしている。今週は週五だった。体はいろいろ痛くなったような気がするけどまあなんとかなってるような気もする。そういう今日もこれからバイトだ。

最近食欲がない。疲れているからかもしれないけれど原因は分からない。まあでもいいことじゃないか?健康には悪いが。

コンビニでバイトをしていると大量の廃棄食料を目の当たりにすることになる。最初は物珍しさで「やった。」とか言って食ってるんだけどだんだん飽きてくる。そして自分はいつの日か人間の食に対しての業の深さに驚き、恐れ、食欲減退に至ったのではないか。

そういう意味ではあまり食べないでも働ける俺はとてもよろしいのではないだろうか?
アグレッシブ
めの姿勢が大事だと思って北斗の拳のDVDを借りてきた。

でも今日は眠いので寝ようと思う。
Do The Rock
居酒屋にて。

ガチャガチャ

「あーお前とりあえず生でいい?」
「あ、いいっす。」
「んじゃあ生二つ。どうもね。お姉さんかわいいね。えへへへ。」
「ちょっと!先輩!」
「わかったよ。うっせーなまったく。で、なんだ相談ってのは?」
「はい。まあ自分こう結構音楽に関わってきてですね、それなりに自分でも分かってきたつもりなんですよ。」
「分かったって何が?」
「いや、ほらいろいろあるじゃないすか。コードだとか曲の構成の作り方だとか…。」
「あー生来た生来た。あ、またさっきのお姉さんだ。へー鈴木さんって言うの。ほんとかわいいね。なんかほらいっときの矢田亜希子みたい。いや、マジだって!お世辞じゃないって!後でメアド教えてよ。」
「ちょ、先輩!聞いてんすか!」
「あ?うるせえな。あーほら行っちゃったじゃん。おまえのせいだぞ。」
「いや。マジ悩んでんですよ。聞いてくださいよ。」
「わかったよ。しょうがねーな。んでなんだっけ?」
「だから自分では結構分かってきたと思ったんですよ。でも最近どうも行きずまっちゃって。」
「ふーん。具体的にどんな風にさ?」
「いや自分でね曲を作ろうとしたんですけどどうもうまくいかないんですよ。形にならないというか。」
「あーおまえ軟骨からあげ食うだろ?」
「え?ええ。まあ。ってまた、聞いてんすか?」
「あ?そうな。なんだっけ?ああだからまあコードでも覚えれば?」
「いや、だから大体覚えたんですよ。」
「ふーん。あ!鈴木さん!鈴木さん!ちょっと食べ物頼んでいいっすか?いやーお忙しいのにすいませんね。」
「…」
「…と軟骨とホッケとそれからサラダと秋茄子と。」
「…」
「…と生とそれから最後に鈴木さんの下の名前なんていうの?」
「…」
「へーミカっていうの名前もかわいいね。そんで何処に住んでるの?」
「先輩!」
「なんだよ!今取り込み中なんだよ!」
「いいかげんにしてください!店員さん明らかに嫌がってますよ!」
「あ?そんなことないよね?ミカちゃん?って、もういねえし。」
「ほら、先輩がしつこいから嫌がって行っちゃったんすよ。」
「ちげーよ!もうちょっとで落ちるって!」
「いや、まあとにかくね俺の話を聞いてくださいよ。」
「わかったよ。それで何だ?」
「いや、だからどんな風に練習したらいいと思います?」
「ああ。おまえ今までどんな風に練習してたの。」
「え、あ、うーんと大体好きなバンドの譜面とか買って…。」
「譜面だと!」
「な、何ですか!いきなり大声出して!恥ずかしいからやめてくださいよ!もう既に大分恥ずかしいけど。」
「お前は譜面で練習してるのか!」
「はい。」
「お前は譜面で練習してるのか!」
「はい。」
「お前は、譜面で、練習してるのか!」
「はい。」
「あなたは、神を、信じますか!」
「はい。ってなんか変わってるし!」
「そうか。お前は、キリスト、教徒か。」
「いや。そんなのはどうでもよくて。」
「どうでもいいとは何だ!歴史的に見ても宗教で戦争が起きることはよくあるんだぞ!これは断じてどうでもよくない!」
「いや、そうですけどとりあえず今は置いといてですね。譜面はまずいんですか?」
「まずいも何も。おまえじゃあ譜面ってのは何だ?」
「え?音楽そのものじゃないんですか!」
「馬鹿野郎!全然違うよ!いいか譜面ってのは音楽を記号にして紙の上に表したものだろ!」
「まあ言ってみればそうですが音楽そのものとも言えるんじゃないですか?」
「馬鹿野郎!それじゃあ聞くが、おまんまんの中におちんちんを入れます。って書いてある紙のことをお前はセックスと呼ぶか?」
「え?呼ぶわけないじゃないですか。」
「だろ。それと同じさ。」
「はあ。」
「ということでお前は明日から譜面を焼き払え。おー料理来たぞ、ってあれ鈴木さんは?え?上がっちゃったの?マジで!ショックだな。あ、でもお姉さんも結構いけてるね。後でメアド教えてよ。」
「…(次からこの人に物を相談するのやめよう)」






実話かどうかは皆さんの判断に任せます。
サマーソニック05参戦!
はり我慢できない。実習の二日前という強行スケジュールだけど知ったこっちゃねえ。オアシスとスリップノット見に行ってやる。あとちょっとWeezerが楽しみあとMAD CAPSULEも楽しみ。あとZAZENも二回目だけど楽しみ。っつーかAIRは大阪だけで残念。

今回は前回の教訓を生かして(二日目昼まで寝過ごす。)会場で一晩を明かしてやる。ヤベー面白そう過ぎる。オラワクワクしてきたぞ!(バイト中に客をほったらかしにしてローソンチケットを読みふける。)
子供
につい最近子供が生まれたわけなんですがこいつがいかんせん粗相をしまくる。今日はウンコをベッドの上から部屋のタタミまでぶっ飛ばした。飛距離約40cm。思わずガーリックボーイズの「あんた飛ばしすぎ」を口ずさんだ。

しかも姉貴が子育てのストレスかなんだか知らんがウイルス性の胃腸炎にかかって朝から晩まで「いたいいいたいいい」とかわめいてて何も出来ない状態になってしまった。

当然、そのしわ寄せは俺と母親に来るわけで、今日は一日中ミルクやったり、お風呂入れるの手伝ったり、寝るまで抱いたりしていた。

子供ってめんどーくせい。自分のは当分いいや。
リンク
追加。どれもこれも大好きなサイトなんでみんな見てや。
to live
楽とは脱糞である。

初っ端からなんて下品なことを言うんだこの野郎は。と思ったかもしれない。でも大いにマジである。

俺は音楽が好きである。でもWeb上でまともに音楽の話をするのはダサい気がする。まるでキャバ嬢に夢を語るようなものである。それに音楽は語れば語るほどうそ臭くなっちまうし、気持ちよく語ることによって自分自身に暗示をかけてしまい「俺はこういう曲が好き」みたいな固定観念に陥りやすい。でも今日はちょっと語りたい気分なので語る。皆さんはキャバ嬢になった気分でこの文章を読んでくれればいいと思います。

「音楽を作る」というのと「クソをひり出す」というのが実にいろいろな点で似通っている。例えば人間は普段うまいものやまずいものいろいろな物を食べてよく噛んで細かくしてさらにそれを腹の中で消化、吸収してクソをする。音楽も同じで普段のつまらないことや面白いことをよく噛んで自分の中で消化、吸収して作り出す。

ただひとつ違うのは「クソ」は文字通り「クソの役にも立たない」けれども音楽は下手をすると「誰か」と「共感」できるというところだろうか。

「共感」はとても心地いい。所詮人間は他人が分からない。人間は寂しい。だから人と繋がろうとする。「音楽」は「言葉」よりも時として伝わる。

それはやっぱり音楽が脱糞であるからだろう。例えば「言葉」は世界の人それぞれ違うけれど「脱糞」は誰でもするように「音楽」は誰でも聞くのだ。音楽は脱糞だ。

だから俺らのライブはさながら「脱糞ショー」であると言える。ウンコしてるだけ。でもきっとみんなに「おまえらのウンコいい色してるじゃん」って言わせてやりたくて日々鍛錬しています。
MIXI
やーおもろいねミクシィ。なんつーかコミュニティーっつうの?やっぱりほら人間一人じゃ生きてけないからねえ。スタンド・アローン・コンプレックスですから。あれですよこれからの時代つながりが大事ですよ。

みたいな事言ってんですけど。なんかWeb上で改めて出会うとなんだかこっぱずかしいというか尻の穴がむず痒い感じがするというか微妙な感情になるのは俺だけか。

特に日常の会話でなんとなく日記に書いてたことと同じようなネタが出てきて「あー日記でも書いてましたよね?(藁)もしくは(w)」とか言われるともうまるで、イカリングをうまいこと食べようとしてがんばったけどやっぱりイカだけ「するっ」と抜けて衣だけ残っちゃって、これを食べようか食べまいかと考えてる最中。くらい微妙な感情になる。

例えが自分でも書いててよく分かりませんけどとりあえず俺は食べます。衣だけ。
昨日
日のことは昨日のうちに日記に書かないと日記が日記であるという意味を成さなくなってしまう。しかし今から書くことは実際昨日のことなのでこれは日記ではなく日々の事柄を文章にしたものだ。ああそれは日記と呼ぶのかもしれないな。でもやはり時制的な問題において日記ではないな。じゃあ日記みたいなものだな。

とまあいつも通りのどうでもいい文章から始めまして。閑話休題。

7月11日は世界人口が50億人に達した日らしい。年号は忘れてしまった。でもこれはすごいことなんじゃあないか。

まず何より「50億」という数字を想像できるか?ということだ。

否、無理だろう。普通の生活をしていて50億という数字に触れることはまずない。人数は当たり前だし、金にしても50億円はまあ総資産4兆8000億円のビルゲイツ社長にしたらはした金だろうが、個人が持ちえる資産ではない。距離にしても50億mは500万km地球一周が4万kmなので計算すると12万5000回りできる。わけ分からん。分かりやすくμmを単位としても50億μmは5kmにもなる。なんてことだ。時間にしたら50億年前っていったら地球が太陽系に初めて誕生したくらいだし。

まあはっきりいって想像つかない。そんな膨大な人口が地球の上に暮らしてそれぞれが悩んだり、笑ったり、怒ったりしながら生きていると考えると途方にくれる。

イエス・キリストは全ての人を愛して全ての人の罪を背負って死んだらしいけど今は人の数が多すぎて、人の犯した罪が多すぎて押し潰されてしまうだろう。

俺は全ての人間を愛するなんて無理です。自分の周りの人を愛するので精一杯です。
てる君
分の友人にてる君というイカした野郎がいる。どのくらいイカしているかというと北斗の拳のケンシロウとやられ役を二役同時進行で演じのける、という荒業を言えばいつでもやってくれるある意味天才的演技力の持ち主、だが主に北斗の拳しか出来ないので社会的には何の必要もない。というくらいイカしている。

その彼にMIXIとかいうコミュニティーがどうとかこうとか聞いて登録してみた。

まあそんなこんなで彼のブログをひとつ紹介してみる。「屁の鳥」そういえば彼はナウシカの巨神兵の真似も得意です。
分は朝に弱い。これはまあ朝日にあたると体が灰になったり、朝になると心がすさんだりそういうことではなくて、ただ単に起きられないのである。

今日は研究室のゼミの日であるから早起きして資料を作りたまにはまじめになろうと一大決心して研究室にやってきたのである。

ところが誰もいない。いつもの教室は電気すら点いていないのである。どういうことだ。集団神隠しか。

と思ったら先生が来て一言「今日はゼミないよ。」

あちゃー。
挫折
初の文字を大きくするとなんだかコラムっぽいんじゃないか。そうじゃない。

ということで「職業:コラムニスト」を目指せが始まりました。始まりません。終わりました。別段、コラムニストになんかなりたくない。

まあのらりくらりといつもの悪い癖、だが本題。今日思ったこと。題名の挫折。についてである。

人として生きるということに必要なことは多分たくさんあると思う。これは法を犯してはいけないとかそういう次元の低い話ではなくもう少し高次元の「信用に足る人」になるにはという話である。

思いやりとか責任感とか意志の強さとかユーモアとかまあ人それぞれ違うかもしれない。でもまあ最低限これはというのが「常識」いわゆるコモンセンスだ。

それを養うために必要なのが挫折であると俺は思う。

人はそれぞれ自分の「常識」を持っている。それにはもとより高い人もいれば低い人もいる。そして人はその常識を超えた出来事が起きたときに二つのリアクションをする。

ひとつは無視しようとする。自分には理解できないことはなかったことにして自分の中の常識を信じる。

ふたつめは挫折する。自分の常識の外で起きた出来事をきちんと見極めて愕然とする。

どちらがよろしいかというのは一目瞭然で、前者は完全に視野の狭いつまらない人間になり同じ失敗をするだろう。しかし後者はそのときの挫折を受け入れこういうこともあるのか、と学び同じ失敗を繰り返さぬように注意をする。

後者のような人と話すととても面白いし自分のためになる。挫折が多ければ多いほど人間は面白くて豊かになるんじゃないか。そしてそういう人は本当にいいものを知っていると思う。






レポートの提出期限が明日に迫り挫折しそうなので正当化してみました。
ただ
叔父になった。姉貴が子供を生んだ。

自分のことを考えた。いつの間にか年をとったみたいだ。生きてることはまだよく分からない。適当だ。

ライブの打ち上げでみんな寝てる部室で朝方アコギで曲を作る。なかなかいい曲だ。

ローズネットクッキードーナツはうまい。





文章はいつも書かなければならないものだ。
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